2025.08.05

 筋肉痛で脚がやばい。生活に支障が出るまで筋トレしてはいけない。はしゃぎすぎ。朝、息子がブラインドの隙間から庭を覗いて、「神はいた」と言った。こわいよ。どうやらカニがいたと言ったようだが、外は雨降ってるだけだった。最近、家の近くでカニを見つけたせいで、なんでもかんでもカニカニいう
ブロックの穴に潜むカニ
ブロックの穴に潜むカニ
 ようやく小林銅蟲(継承略)のfanboxが現在まで追いついた。また思い出したら読もうと思う。高島鈴さんのcodocも金を払い続けているが読んでいないので今度はこちら追う。内容が全然違うけども。ていうか読んだものにはいいねをつける運用なのだがcodocはつけたかどうかわかりにくいな。もう最初から全部読むか。そして次の記事へ進むボタンがない。ぐぬぬぬ。ていうかなんでケンタウルスなんだ。
 そろそろ音源制作を再開しようかなと思う。このままのペースならおそらく10月中のリリースには間に合うだろうが、MVは作れない。まぁ後から作ってリリースすれば良いのだ。カニ研究会もあとからMVだしてるらしいし。プレスリリース2回送れる(マーケティングチャンス!)と思えば。なんかカニの話ばっかだな。
明日リアンプボックス届くし明日からで良いか。今はベースとギターを録り終えている状態で、次はエフェクトやフィールドレコーディング音源などのプロップスを追加し、曲の情報量を増やすフェイズになる。制作環境の都合上、最後にドラムを録るのだけれど、正直プロップス追加のフェイズが終わっても曲がつまらない場合はドラムを入れても面白くないので、ギターとベースから録り直しとなる。まぁ今回はちゃんとこういう曲を作るぞというのがあり、ギターとベースを入れた時点でわりと想定したものになりつつあるので余裕こいてるけど、人生バンジー祭オーガ馬という故事もありますのでね。カニ研究会のインタビュー読んでたら別のも読みたくなってきた。以前読んだ想像力の血のインタビューをまた読む。想像力の血って名前で「物語を終わりにしよう」ってタイトルでアルバム出して、「あんまりそういう幻想みたいなものに寄りかかりたくないっていう気持ちはありますね。」って言うのなんかかっこいいな。
 Kindle Unlimitedで無料で読めたので話題になっていた高山正之の記事を読む。完全にレイシズムでこれを載せてしまう週刊新潮も恐ろしい。謝罪文も肝心な部分を欠いている。
まず何が問題だったかに言及していないし、被害者の名前を載せているが加害者の名前は載せていない。掲載した立場としてどのようなプロセスを得て掲載したのか一切触れておらず力量不足という言葉でごまかしているし、人権デューデリジェンスという言葉を用いているが具体的にどう体制を変えるのかも言及がない。かなり腹が立ったのは以下の一文
「言論や表現の自由」は極めて重要ですが、その自由の領域は、題材や社会状況によって異なり、また時代とともに変化していくものと認識しております。まずは私たちの編集現場がそれを常にアップデートしていかなければなりません。そのうえで、そうした変化を筆者の皆様と考えていくことも出版社の役割です。
言論や表現の自由に対し批判や抗議があたかも対立するもののように扱っているが、実際に問題となっているのは差別表現で批判や抗議も言論や表現の自由の一つである。また、今回の批判や抗議が起こっているのは時代が変化して起こったものではない。日本社会にずっとある在日朝鮮人や中国人への歴史的な差別意識がいまだに残り続けているためである。何が問題なのか、そして誰が責任を取るべきなのか、出版社側が理解していないのではないか。
 最近は、作品やコンテンツを社会に届ける立場にある人々が、構造的な差別やその再生産に無自覚であり続けることに、めちゃくちゃイライラしています。差別への批判や抗議には発信者側に多大な精神的・社会的コストがかかっているのに、出版社や流通側の人間は責任を問われずに済む構造がいまだに温存されているように思う。