2025.09.27

 The Blue Envelope について、このSubstack(これ以外の書き方がわからない)は以前C4P/C4Qという創作にかかわる興味深い話を掲載しており、自分もそれに反応して文章を書いたりした。それについてはここを読んでほしい。
 そのまま購読していたのだが、先日配信されたThe Blue Envelope #19を読み、いくつかの批判点があったため、本稿を書いた。

注意(ボイコット推奨ではありません)

 まず、本稿はCANTEENならびにBoiler Roomへのボイコットを推奨するものではないと書いておく。それはボイコット自体が生活を営む上で選択を削る行為であることは避けられず大小あれども行為者の負担になるためである(ただ意義も効果もある)。では本文に進む。

はじめに

 本稿は、The Blue Envelope #19(以下#19とする)がKKRの実質関与を小さく見積もり、ボイコットを個人倫理に還元している点を批判する。ボイコットは企業の判断を変えるための圧力であり、資金・統治・評判への作用で評価すべきだと思う。KKRの立場(変えられる権限/得られる利益)を過去の調査や関連ニュースをふまえこの軸で見直す。

イスラエル軍事・入植経済についてKKRの関与を過小評価

 #19の冒頭を引用する。
Boiler Room運営のSuperstruct Entertainmentが投資会社KKR Investmentsに買収されたことによって、イスラエルのジェノサイドを含む違法入植や軍需産業に間接的に関与することとなり、我々はどのような態度を取れば良いのかの議論を生んでいる、いった感じである。
 KKRとイスラエル軍事・入植経済への具体的な関与と、それに対する文化的ボイコットの是非、というところだが、#19ではなぜか資本主義ゲームや株式保有にまで話を広げることで個人の倫理に還元してしまい、問題になるはずのイスラエルの虐殺に対する構造的な加担や実際に起きている利益の循環の十分な検証がなされていない。#19ではKKRのポートフォリオのみを参照しているが、それでは不十分である。KKRならびに同社が投資する事業への批判は多くの蓄積があり、それら先人の調査や批判を参照しないのは背景を語る上で適切な態度とは言えない。
 KKRがイスラエルの入植経済への関与をしている事実の一つとして、KKRが大口の出資者であったAxel Springerと、広告事業のYad2について言及すべきだと思う。Axel Springer傘下Yad2は入植地物件の掲載が指摘され、「違法な占領からの利益化に当たる」との申立や批判を継続的に受けてきた。入植地経済への関与があることは争点として妥当だ。結果的にイスラエルによるパレスチナへの人権侵害に加担したとしてヨルダン川西岸地区に住むパレスチナ人5人によってAxel Springerへの規制を求める苦情が出されている。この苦情はドイツのBAFAに却下されているが、パレスチナ側の弁護士は異議申し立てをしている。
 2025年現在、メディア会社であるAxel Springerは現在別会社が株を保有しており、KKRは出資していないが、もともとAxel Springer が持っていた分類広告(クラシファイド)事業の株をKKRとカナダ年金が90%(内訳は不明)所有している。この中には当然Yad2が含まれており、現在はAVIV Groupが運営している。AVIV GroupはKKRのポートフォリオからも確認できる。以下のヒューマンライツの記事からタイムラインが参照できるため、詳細は確認してほしい。
 余談だが、先日、KKRはYad2の売却手続きに入ったとのこと。売却が成功した場合、KKRはさらに利益を得る。成約は未確認。
 
 また、#19内では誤った比較、評価軸のブレ、調査不足による記述がある、これも過小評価へ寄与していると言える。あまりこういった形での言及は好ましくないのだが、逐一引用して批判を述べていく。
例えばおれは儲けるためにS&P500の投資信託を購入しているが、S&P500を構成する企業のブランディングが直接的に自分に影響することはない。規模は違えど、良くも悪くも、資本主義ゲームに則って、発行された株式を取得しているだけで、以上でも以下でもない。
 企業への人事・予算・買収へ関与できない、市場全体の動向を受け身でかかわるしかないインデックス投資家と、企業を買収し、能動的に関与するPEファンドを同列に置くと、PEファンドの権限と責任の違いが見えなくなる。KKRは(やっているかどうか、やるかどうかはべつとして)Boiler Roomというブランドに能動的にかかわることが可能である。それにグループ内に還元されるBoiler Roomの利益や評判(ブランディング)は、小口投資家の配当益の比ではない。イスラエルの軍事・入植経済への具体的な関与をどう評価するかといった問いに、この比較はPEファンドの役割を過小評価する機能を持ってしまっている。#19内ではこの前段で「親会社であるKKRは巨大なPE投資企業である」とし、多くの会社を買収・売却していることを認識している記述もあるため、もし意図した比較であるならば説明が欲しい。
 
露骨に関連しそうなのはHENSOLDT(独・防衛エレクトロニクス)やNovaria Group(米・航空宇宙/防衛部品)とかであろうが、食い扶持に関連するとはいえこれらの企業が戦争やジェノサイドを肯定している事実はない。
 問題となっているのはイスラエル軍事・入植経済による具体的な関与であるはずだが、上記の引用箇所では態度の表明のみで判断している。肯定/否定が論点であるならば、そもそもCANTEENならびにBoiler Room の件が問題になることもない(両社とも親パレスチナを標榜している)。機器供給や入植経済への商流といった観点での関与があるかどうか重要である。そしてそれを立証するのは企業側にある。食い扶持を稼ぐかどうかにかかわらず、虐殺や違法な入植経済に関与して利益を得ることはあってはならないためである。HENSOLDTに関しては、2022年春にKKRはHENSOLDTの全株式を売却しているが、HENSOLDTは同年夏にイスラエル企業に対して防空レーダーの提供を行っている。株式売却後の公表のため、KKRの関与は現時点では不明であるため、当該契約をKKRの実績とただちに結び付けるのは適切でない。ただ、HENSOLDTがイスラエル向け装備を扱う事実は示される。
 Novaria Groupに関しては現時点でもKKRがオーナーである。イスラエル国防省関連との取引は公開情報からは見つからなかったが、Novaria本体や傘下のブランドであるLong-Lokはイスラエルの販売代理店Relcom Componentsと契約していることが問い合わせ先に記載された情報からわかる。Relcom Componentsは軍事・防衛に関する流通を公式HPにてうたっているため、エンドユーザにイスラエルの軍事・防衛産業を含む状況証拠がある。また、Novaria Groupに対するS&Pの格付けにおいてイスラエルやウクライナの紛争をはじめとする地政学的な緊張感の高まりにより、需要が高まっているとの記載がある。個別の案件に関しては不明だが、軍事・防衛産業需要の高まりが業績に波及しているのは確実であるため、前述のイスラエルの軍事・防衛市場との取引があることをふまえると、虐殺へ加担していないことをKKR、Novaria Groupは立証する必要がある。ないことを証明するのは悪魔の証明という反論もありそうだが、取引履歴を調査すればいいだけで普通の企業であれば可能である。
 
WAIFUが話題に出しているGTRとかGuestyとかはただ単にイスラエルの会社なだけである。イスラエルの企業であるから、という理由で叩くのは、それ自体がレイシズムになりかねない。
 調査不足がうかがえる。確かにGTRについてはデジタルインフラを整備するためのデータセンターで、ここへの投資は軍事産業への関与とは言い難い。しかし、Guestyに関しては疑問が残る。入植地関連企業のリストに記載はないがGuestyが提供している管理ツールを使用しているAirbnbやBooking.comが入植地の物件を掲載しており(Guestyの公式HPから取引実績があることを確認できる)、親プラットフォーム(Airbnb/Booking.com)に入植地掲載がある以上、Guestyにも間接リスクはある。積極的な関与の証拠は未確認だが、掲載ポリシーとKYC(顧客確認)の開示を求めたい。
 #19には以上の点によってKKRの軍事・入植経済の関与を矮小化してしまっている。ポートフォリオのみならずいままでの調査や関連グループの情報を加えて、改めて検証が必要だろう。また、後半にCANTEENならびにBoiler Roomのクラブカルチャーへの貢献を述べることで結果的にアートウォッシュとして機能してしまっているように思う。文化的功績の列挙は尊重しつつも、関与の評価は行為(資金・統治・評判)でこそ判断されるべきで、そこを外すと善い物語がアートウォッシュとして働いてしまう。恐縮だが自分としては#19全体のリライトが必要であると考える。

抗議運動としての役割が欠如したボイコット観

 こちらに関しては#19のみの問題ではない、おそらくボイコットが個人の倫理が最適化されるための手段として多くの人に捉えられてしまっている節があるようで、#19内でもその誤った前提を受け入れてしまっているため、最も重要な、抗議運動としてどう機能するか、どう運用すれば機能するかといった重要な検討へ到達していない。ボイコットは我々消費者の要求を企業側へ通すための抗議運動である。ボイコットにおける個人のイデオロギーの表明は運動の結集(連帯とは言わない)には有用だが、評価軸の主役ではなく付随する効果と考えるべきだろう。評価すべきは資金・統治・評判に対する作用である。
 あえて書くが、ボイコットにおいて明確に重要な要因となるのは、個々の生活環境であろう。ボイコットとは生活を営む上での選択肢を狭めるものであり、各々の生活環境によって負担が異なる。例えば、一口にBDS運動に参加するためマクドナルドをボイコットすると言っても、様々な飲食店へアクセスが可能な場所に住居がある方と、近くにマクドナルドしか飲食店がない場所に居住している方では、後者は外食の選択肢がなくなってしまうため負担が大きい。ここでは地理的な観点のみで負担の大小を語ったが、金銭的な観点も当然かかわってくるだろうし、何が要因かは他者が推測できるものではない。「手打ち」は、目的、制度、負担の三者の折り合いで生じる。もし、ボイコットを検討する上で三者のせめぎあいが問題となるなら、別の手段を選択することも可能である。自分が愛用している製品を生産している企業に、ある社会問題への影響について抗議文を送りつけるのはまったく矛盾しないし、SNSでネガティブキャンペーンをすることも問題がない。

よりよいボイコットのために

 最後に、CANTEENならびにBoiler Room の件について、恐縮ながら自分からの提案である(#19とは若干関係なくなってしまい申し訳ない)。個人の負担とボイコットの効果を比較し、個々人が妥当かどうか自身で検証できるようにするため、企業へ「要求」することも、ボイコットに必要な態度であると考える。(くどくなってしまうが、私たちにはボイコット以外の抗議手段も存在する。目的はビッグマックを食べないことでもBoiler Roomへ参加しないことでもない。企業に要求を通すことである。)
 親パレスチナ企業を標榜しているCANTEENならびにBoiler Roomへ自分が求めるのは「親会社に利益は直接わたらない」「ブランドの独立性は維持される」といった第三者が検証できないようなことではなく、「どのような利益が親会社へ渡るのか」、「Boiler RoomとCANTEENが協業することでブランドの価値はどのくらい上昇するか」である。前者に関しては言うまでもなく、後者に関してはBoiler Roomのブランド価値が上がることで企業価値も上がり、結果的にPEファンドであるKKRの売却益上昇につながるためである。どちらも消費者自身がボイコットという行為を各々検討するために必要な材料となると考える。
 以上、資本主義の制度の中で立ちつくすだけでなく、プレイヤーの一人として行動することの参考になれば幸いである。
 
 めちゃくちゃ長文になってしまった。皆さま、よりよい抗議運動を👋